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ブログ4:浦島太郎という昔話

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こんばんは、皆さん。  日本の昔話がいろいろありますね。皆さんは『桃太郎』という昔話を知っていますが、このブログのために他の太郎について昔話を読みました。   浦島太郎(1)  浦島太郎(うらしまたろう)は若い漁師で、年をとったご両親を養っていました。ある日、浦島太郎は釣った後で子供たちに苛められていた亀の子を助けました。二、三年後、浦島太郎は舟の上で釣っている時に、同じ亀に会いました。亀は感謝していたから、浦島太郎に竜宮城(りゅうぐうじょう)という海の底の場所に招待しました。そこで、竜宮城の乙姫様(おとひめさま)は浦島太郎をもてなしました。浦島太郎は乙姫様とたくさん遊びましたが、ご両親を心配になって、地上に帰りたいと思いました。でも、帰る前に乙姫様から玉手箱(たまてばこ)をもらいました。乙姫様は玉手箱を開けてはいけないと言いました。浦島太郎は家に帰りましたが、もう家がありませんでした。どの人も知りませんでした。すべての浦島太郎の村は変わりました。浦島太郎は困って、玉手箱を開けました。開けると、髪と髭が白くなって、老人になりました。実は竜宮城にいる間に、地上で何百年も経っていました。     『浦島太郎』は面白いと思いますが、私にとって、その昔話の教訓は一般的でクリシェですよね。「してはいけないと言われたことをしない方がいい」という教訓は多くの昔話にありますね。浦島太郎は玉手箱をもらうと、私は「ああ、浦島太郎はパンドラのように箱を開けて、悪いことが起きるなあ。絶対に!」と思いました。   参考: (1) - Tsukioka Yoshitoshi (Japan, 1839-1892) - Image: http://collections.lacma.org/sites/default/files/remote_images/piction/ma-31816082-O3.jpgGallery: http://collections.lacma.org/node/191508 アーカイブされたコピー, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=27343303による

ブログ3:日米学生会議の思い出

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   今年の夏休みに、日米学生会議に参加しました。そのため、京都と長崎と東京に行きました。それぞれの場所で、忘れられない思い出が残り続きます。  京都は、多くの伝統的な名所で有名です。でも、有名さは時々よくないと思います。例えば、清水寺が綺麗なはずですが、私は行った時、観光客が多すぎ、八月の天気が暑すぎますので、あまり楽しまなかったんです。次の日に私と他の参加者の友達と一緒に帰る時、バスを遅れました。そして、一時間待たなければなりませんでした。でも、大丈夫でした。嵐山で待っていたのです。私たちは多分、運がよかったです。清水寺と嵐山の対比は大きかったんです。嵐山には観光客がなく、自然が見え、川と山の前の橋が綺麗でした。岸に立て夕風に揺られると、  「ああ、この風景は嵐山が有名な理由ですね…今更昔の詩人の歌枕を分かります。」 と想いました。それは私の自然の思い出です。   嵐山  長崎県佐世保市の隣の山の上に泊まりました。高いから日中すべての都市が見え、夜間夜空の星座と雨の川が明るく光りました。なおさら泊まった時間に流星群が起こりました。ある夜、真夜中に友達と中庭に行き、大きい毛布を広げ、横になりました。何時間も流れ星を見たり、話を語ったり、もっと仲良くなったりしました。その星の下の夜を忘れられません。   山から佐世保の光景  最終、一番嬉しかった思い出が東京で起こりました。会議の最後の活動はファイナルフォーラムという会議でずっと学び、議論し、体験したことを発表することです。準備を始める前、私の分科会は次の質問を考えました。  「私たちの会議は何の意味を持ってる?なぜここに集まった?何を目指したい?この分科会のプレゼンテーションの目標は?」 私たちの答えは、  「舞台で自信が出てきて、原稿を使わなく心から話して、本当の個性を表したい!」 でした。発表のすぐ前(舞台の後ろで待っている時)、皆は大変緊張しましたが、舞台に立ち、席に座り、皆の笑顔を見ると、リラックスしました。発表がとてもうまく行き、すべての目的は達成しました。舞台で皆の微笑んでいる顔を見ることは私の一番大切な思い出です。   ファイナルフォーラムの準備  今、私は日米学生会議の実行委員に入っていて、次の...